銘苅子 ゆかりの地へ

画像先日手合せで沖縄へ行った際、玉城朝薫さんのお墓詣りの他に、銘苅子ゆかりの地へも足を運びました。

今回ぎーぎーの割り当てとなりました「銘苅子」は、一名「羽衣」とも申します。

羽衣伝説は、世界中に200余りあるとの事。

沖縄本島だけでも、ぎーぎーの知っている場所は3か所ほどありますし、琉球の正史である『中山世鑑』や『琉球由来記』にも羽衣伝説が記載されております。


その中で、『中山世鑑』の「察度王御即位」の項にあります「浦添間切謝那村」へ、行ってみました。

とはいえ、手掛かりとなるのは、「浦添間切謝那村」という記述のみ。

そこで、浦添市にあります「ようどれ」へ行ってみることにしました。

「ようどれ」とは、琉球の言葉で「夕凪」の事。

夕凪から連想される事→英祖王とその一族のお墓を指します。

那覇からは近いところにある割に、初めて行く所。

広い公園の一角に「ようどれ館」があり、そこの事務所の方にお聞きしました。


資料を見せながら、

「ここに書かれている羽衣伝説の場所へ行きたいのですが・・・」

という問いに、色々と親切に説明をして下さいました。

また、羽衣伝説=英雄伝説の一つで、「天人女房譚」「貴種流離譚」「日光感性説話」の中の「天人女房譚」であるというお話も伺いました。



場所を教えて頂き、現地へ

そこには、1725年に向氏伊江家の人たちが資金を集めて建立した石碑がありますした。

彼らの先祖は、尚清王の第七子で、その母親がこの土地の野国掟の娘。

その野国掟は、羽衣伝説に登場する奥間大親の末裔であるという伝説があるそうで、毎年泉を拝んでいると書かれているそうです。
(石に刻まれた文字は、風化していて読めませんでした)

肝心の泉ですが、先客がおられ、拝んでいらっしゃいましたので、写真を撮る事ができませんでした。


この場所は公園になっているのですが、松のの木がたくさん植えられており、とても静かな場所。

周辺に生えている植物を見ますと、今でも水が豊富に湧き出ているようです。

この日は小雨が降っておりましたが、できれば晴れた日にもう一度行ってみたいです。



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