伊差川世瑞先生ゆかりの地へ~歌碑&史跡めぐり その2~

画像三重城を後にして、ぎーぎーたちが次に訪れたところは、伊差川世瑞先生ゆかりの地、名護です。

いわゆる 「観光地」 とは言えませんが、三線を勉強される方々にとっては、とても大切な場所のひとつではないでしょうか?

といいますのも、伊差川先生は世礼國男先生同様、野村流工工四を作る為、尽力された方の一人。

それまではほぼ口伝だった歌・三線を、声楽譜をつけた譜面に起こしたのです。

その当時の世相等を考えると、ぎーぎーには想像もつかないくらい、たくさんのご苦労があったものと思われます。

そしてここには、伊差川先生の功績を讃え、胸像が置かれているのです。



画像そしてその胸像の横には、歌碑が立てられており、次のようにかかれております。


歌の道ひろく

   世界にかがやかち

伊差川のながれ

   いく代までむ


野村流工工四上巻が発行されたのが、1935年(昭和10年)。

ですから今年で76年目となり、この歌に歌われているように、組踊は国の重要無形文化財に指定され、ユネスコの文化遺産となり、脈々と次の世代へ受け継がれております。


画像この胸像近くに、伊差川先生が住んでおられた所があります(現在は全くの他人さんがお住まいです)。

その裏側には、井戸はそのまま残っております。

井戸を覗いてみますと、今でもこんこんとキレイな水が湧いていました。

時は流れて、住む人は変わっても尚、水は変わらずにその場所で、美しさを携えておりました。

沖縄は第二次世界大戦の折、唯一の地上戦となり、多くの犠牲者を出し、たくさんの家が焼かれました。

そのため、様々な貴重な資料も無くなってしまっていることが多く、知りたいと思うことはなかなか見つからないのが現状です。

が、この井戸を見てると、心がしーんと静まり、遠い昔へ連れて行ってくれそうな気が致します。

いつまでもこの井戸のように、野村流の古典音楽が枯れてしまわないように、ぎーぎーも次の世代へ伝えていかなければならないのだと、改めて思い知らされました。

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この記事へのコメント

iいさがわ
2018年11月22日 16:35
自分の苗字で検索したらここにたどり着きました。
こんな人がいたんですね

ぎーぎー
2018年11月22日 21:09
iいさがわさん、コメントありがとうございます。
私達三線を学んでいる人間にとって伊差川先生は神さまのような存在です。
タイムマシンに乗ることができたら、伊差川先生に会いに行って「ありがとうございます」とお伝えしたいです(^。^)